引っ越しをしたかったが、結局しないことにした。いや、その表現は正確ではない。賃貸物件の契約更新時期が来る前に引っ越せるよう物件を探していたのだが、なかなか良い物件に巡り合えずにタイムリミットが来てしまっただけの話である。不動産屋に契約更新の旨を伝え、更新料を持参し、新たな短期火災保険に加入する。そんな2年に一度の儀式を済ませ、あと2年の内に引っ越しをするぞ、と気持ちを新たにした。それから一週間もしない内に、エアコンから水が漏れ出したのである。
そもそもなぜ引っ越しをしたかったのかというと、現在住み暮らしているこの物件がかなりの年代物で、色々な箇所にガタが来ているからだ。例えば網戸には複数個所の穴が開いているし、大雨が降れば雨漏りしたりする。小さなところでは、引き戸の滑りが悪いとかスイッチをONにしたのに明かりが点かないとか床下収納の蓋がたわむので怖くて上を歩けないとか、数え上げればキリが無い。それに加えて、今度のエアコンである。これは神様が、なかなか引っ越しに踏ん切りがつかない私の為に与えた試練ではなかろうか、などとガラにもなく考えてしまった。
本来、この手の問題を解決するのは大家の役割である。私はただこの部屋を借りて普通に暮らしているだけであり、経年劣化は家屋の常識だからだ。だがしかし、そうは言っても相手は貸主、私は借主。対等の立場ではない。だから私はこれまでに、上記のような問題が起こってもあまり申告できずにいた。波風を立てたくない、という日本人の悪癖である。正確に言うと、網戸の穴についてはかつて申告をした結果、網の張替えをしてもらった事がある。しかしその時の不動産屋(大家から管理を一任されている)が「余計な金を使わせるんじゃないよ、まったく」と言いたげな表情をしていたような気がして、他の事は何も申告できなくなってしまったのだ。もちろんこれは私の被害妄想である。
しかし、この猛暑の最中でのエアコン不具合となれば、命に関わる。勇気を惜しんで体調を崩すわけにはいかないと、思い切って不動産屋に電話し、エアコンの事について話してみた。また面倒臭そうな応対をされるかと思いきや、すぐ修理を手配してくれるとの返事。キツネにつままれたような、というのはこの時の私のような状態を言うのであろう。だがよく考えてみれば、エアコンの不具合について知りながらそれを放置した結果、私が熱中症で病院に担ぎ込まれるような事態になったらそれはそれで面倒なので、早急に対策することにしたのかもしれない。まぁどちらにしろ、私としては助かる。
かくして今、私は水漏れの治ったエアコンが稼働する涼しい部屋でこの日記を書いている。調べてみて分かったのだが、エアコンの水漏れというのは比較的よくある類のトラブルであり、致命的な故障ではない場合も多いのだそうだ。そして知識と器具さえあれば、何らかの工事免許などは不要で対処できるらしい。何しろ私のエアコンは、電気屋ではなく不動産屋がやって来て治してしまったのだから。だからあんなに応対が良かったのか。